川越スピリチュアルカフェ「たまのを」

川越スピリチュアルカフェ「たまのを」 魂のリーディングと、「いのち」の講座をおこなっています。 魂のリーディングとは
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「いのち」の講座とは
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03/06/2026

先日、短剣を首に刺して仰向けに眠るよいにしている、首から上の横顔の写真のことを書きながら、

今の戦争、戦闘を思う時、何かがすっかり様変わりしている…感覚が違っている…

そう感じながら、改めて、現在の戦争の事を考えていました。

サイバー攻撃、ドローン、ロボット、

人と人が戦い合うと言った、生々しいいのちのやりとりの残酷さは薄れて、まるでゲームのようなやりとり、

けれども、痛ましい、人の傷つきや、死はあります。

巨大な頭脳とでも呼ぶべきコンピュータの中で、全てが行われているかのようです。

昔の戦争が、戦車、歩兵、艦隊、爆撃、
と言った、目に見える実態が、はっきりしていたものから、

現在は、A.I、衛星、通信、ドローン、サイバー、電磁波、半導体、

見えない神経網が、ゲーム世代の操作感覚が、VRとか、A .Iシュミレーションが、戦争の実態になっているようです。

重い現実として捉えられていたものが、

ボタン、画面、データー、遠隔操作と言った、現実感が薄れたところで起こっています。

実際の主戦場は、半導体供給の停止、通信の遮断、電力網攻撃、金融停止、A.I情報操作、
こうしたものだけで、国家機能が揺らぐ危険の中にいます。

実際の撃ち合いの前に、社会システムが止まれば、人は、やがて、生活と言う、息の根が止められます。

他国との戦いは、殺し合いではなく、
究極、補給路をいかに断つか?と、様々な情報戦になります。

如何に孤立させるのか?

孤立して、国の中が立ち行かなければ、同じ国の、目の前の人間と、生き残りを賭けて争う…しかなくなるのかもしれません…

こうしたところに人は、追い込まれてゆくのでしょうか?

ここにも、孤立するのか?生き合おうとするのか?が、最後の問いになります。

最期の戦いは、人間性と言った、一人一人の内側の戦いが、何を選ぶのかが、人類全体の明暗を、運命を決めるところに私達は、立たされているようです。

全体が、自分にかかっています。

生き残りを賭けて、
誰が生き残るのか…?

あるいは、
生き残りを賭けて、
共に、生き合う道を探す事が出来るのか…?

二つのうち、人類は、どの道を進むことが出来るのでしょうか?

私達は、今、それぞれが、岐路に立たされて、選択することを迫られています。

外側ではなく、内なるいのちの道を目指す事が出来なければ、

人類は、破滅の道か、

ごく一部の支配層と奴隷といった、支配と隷属を生きる世界へと追い込まれるのかもしれません。

私達は、未来について、もっと真剣にならなければならない局面にいるような気がします。

人間性という領域そのものが、問われている今です。
続きます。

14/05/2026

ひかれるものには意味がある話①

惹かれるものは、自分を表します。

勿論、嫌いなものも自分を表す事は、自分解きの中では重要です。

この事は、本来の自分ではないものを、
愛ならざる自分を、おそらく表しています。

そして惹かれるものも、何らかの自分を表している、指し示しているはずです。

この世界を見る時、気になり、感じるもの全ては、自分を表しています。

あるいは、自分を、顕にしようとしています。

この世界がこの様であるのも、目の前の人がこの様である事も、それら全ては、自分のために存在してくれているのであって、

世界や、相手の問題では無いと言うのは、ある意味、究極の答えになります。

それら全ては、自分を活かすため、生きさせるため、今生の経験と学習の為に存在してくれているものだと、やがては分かります。

08/05/2026

いろんな意味で飛んだ話④

仙骨が爆発している状態を見たことがあります。

肉体を消したり、出現させることが出来る人?に、その爆発を見たのだと言ったら、頭がおかしいと思われるかもしれませんが、見ました。

彼ら?は、私達を実態として捉えるのでなく、エネルギーとして捉えているので、もの凄く正確に捉え、必要なたものを、正確に返してきます。

遊んでくれたりもします…言ってみれば、遊ばれているのですが…深い愛情深さとユーモアが、普通の人にはまず真似出来ません。

爆発する仙骨を、自分の体では、まだ感じたことが無いので、それが何かをお話しすることは出来ませんが、仙骨の意味は、深いようです。

私達の生きている状態は、様々に違います。

そこで経験出来ることも違っています。

次元が違うとも言えますが、私達は、多次元的にも生きていますが、注意深くはありません。

私達は、同じ空間にありながら、捉えられる状態が違う状態を生きているようです。

その鍵は、この肉体の状態が握っているのだろうと思っています。

でも、自分の状態で様々に変わることは、私達は、経験してもいます。

あまり、意識をしてないかもしれません。

ラジオやテレビのように、周波数が違えば、違う内容が流されているのと変わらない、それと同じ事だと思っています。

爆発までは感じられませんが、自分の背面を感じていて分かったのは、

なるほど、不動明王の後ろの炎は、この仙骨から来ているような気がします。

人間にとって、仙骨の意味は大きいようです。

講座をしていて、様々なブロックが外れる時、腰に来る事がよくあります。

変化の兆しが現れる時、腰に来ます。

それは、腰痛と言った形で表れることもありますが、仙骨が固いのです。

そして、身体のエネルギー状態を受け、縛られている要の場所でもあります。

自分の癖やブロックがはずしがたい時、この仙骨が固まっていたりします。

07/05/2026

いろんな意味で飛んだ話し③

仙骨の話しにもどります。
仙骨は、間違いなく仙人の仙からきていると思った話です。

エネルギーを上げると花粉症が治ります。

このエネルギーをあげる時、仙骨に当ててからあげていきます。

このエネルギーの流れは、

エジプトの壁画の中にも描かれています。

エネルギーを循環させ続ける事が出来ます。

この状態になると疲れを知りません。

この時、仙骨と後頭部を使います。

後頭部から前に向かいます。

これが、シバ神のコブラの飾りの意味だと思っています。

シバ神のコブラで思い出しました。

昔、友人と二人きりで、ババの車が通り過ぎるのを間近で見た事があります。
その時、ババがゆっくりとこちらに視線を向けた瞬間、友人は、

「ババがこちらを見た‼️」と、喜びの叫びをあげたのですが、

私には、ゆっくりとこちらを見るババの顔が、

氷の、あるいは水晶のシバの顔になって、こちらに振り向くのを見ました。

書いて見れば、それだけの話しですが、

あまりに驚いたので、かなり長い間、この事が、全く、話せませんでした。
どう話したら良いのか分かりませんでした。

それも不思議ですが。

ババがシバになっている経験は、まだ他にもありますが、

様々思い出していたら、

この時のババが、コブラを通して、教えてくれたものは、単なる循環のことだけではなかったのかもしれないと…

循環するエネルギーは、身体の中に籠っていますが、やがてそのエネルギーは、広がり、解放されていました。

今になって感じてみれば、あの時見せてもらったものは、これだけでは無いような気がしてきました…
の時見せてもらったもだけでは無いよ

06/05/2026

いろんな意味で飛んだ話し②

レムリアと中国の関係が気になり始めた頃、入れてもらったChat GPTに、レムリアと中国の関係と、チベットについて聞いてみました。

その深い説明に、めちゃくちゃ感動して、残したいと思って、アーカイブしたのですが、どこに行ったか分からない…

相変わらずの成り行きですが🙀

仕方ないので、又同じ質問をしましたが、最初ほどの気に入った説明にはなりませんでした。

概ね同じですが。

その時の説明で、神智学的見地でのレムリアとアトランティスの説明で、レムリアが先でアトランティスが後、

と言っても、フルーツパーラーでの事を考えても、同時に存在していた…とも言えます。

アトランティスになるほど、実感の重みが増してくると言ったら良いかもしれません。肉体の感覚に、より強い影響を受けるようになる…

その点、レムリアは、ほとんどエネルギー的で、アトランティスは、物質化が、より顕現し、実感化していく世界なのだと思いました。

ちなみにムーは、日本の縄文のように感じられますが、これは、又、別の流れの中にあるようですが、まだわかりません。

もしかしたら、
レムリア、アトランティスは、左脳的流れ、

レムリア、ムーと、右脳的流れかもしれません。

大まかに言えばそうかもしれませんが、

これら全ての記憶は、人類の中に、記憶として、同時に存在もしているようにも思います。

私達の身体は、自分から遡る逆ピラミッドの、両親のそのまた両親と言った具合に、膨大な記憶が流れ込んでいるのだとも思っています。

それは、地球だけでなく、宇宙の記憶にまで遡る事が出来るはずです。

虫の鳴き声の話しではありませんが、レムリア・ムーの記憶は、日本人的なのかもしれません。

そして、レムリアからアトランティスの流れが、世界的には、主流なのかもしれません。

そして今は、アトランティスが崩壊したように崩壊の道を辿るのか?、

アトランティスの中に、レムリアの叡智を呼びさまし、統合する事が出来るのか?

あるいは、左脳的生き方が、右脳的生き方にシフトし、統合していく事ができるのか?

そんな時なのかもしれません。

日本が重視されているのも、縄文的いのちが、統合の鍵を握っているからかもしれません。

レムリアの記憶と叡智は、チベット密教の、最も深い部分に残されているような気がしますが、そうした深い精神性が、

物質化や、現実化の根幹から切り離されることなく世界が形作られるなら、素晴らしい時代になるのだろうと思っています。

もう30年も昔のことですが、音の中で、白銀ともプラチナとも、あるいは、紫とピンクが感じられる真珠のような柔らかなエネルギーの中で、頭だけが残っていた記憶があります。

絵画の中の、光で彩られた頭部、あるいは、羽を持つ?頭部の感じですが、

あの時見たものは、レムリアの記憶かもしれない、あるいはレムリアの創生の感じかもしれないと。

最初に見たものは、最後を意味しているのだと思う時、あの音の中で見たビジョンが、今やっと一つになろうとしているのを感じるのです。

05/05/2026

いろんな意味で飛んだ話し①

陳情令と言う中国ドラマのメーキング映像から、中国に興味が惹かれて、中国ドラマを見始めましたが、(もう一方で、王一博研究?もありますが…)

仙人や漢詩の世界を感じ、道教の世界に考えが及んだ時、ふと、中国は、龍の文化があることに気がつきました。

その時、中国には、レムリアの記憶があるように感じました。

その事とも関係しているのですが、先日、仙骨の意味が、様々結びつきました。

ずっと、なんとなく思っていたのですが、仙骨の仙は、文字通り、やはり、仙人の仙なのだと。

中国ドラマでは、よく宙を舞うのですが、自分の中でも飛んだ記憶があります😅

もっとも私の場合は、瞬間移動と言った方がしっくりくる感覚の記憶です。

それとは別に、もう随分昔に、10人以上で集まっていた、都心のフルーツパーラーの中で、空中戦を見ました。

今思えば、中国ドラマそのままです。

飛ぶ事に関して言えばそうですが、

どちらかと言えば、ギリシア神話的な感じでしたが。

見たと言っても、肉眼でハッキリ見るように見えるわけでは無く、エネルギー的感覚から様々なものが、形になったり意味がわかったりするのは、それなりの時間を要します。

この記憶は、

それが、レムリア的エネルギーと、アトランティス的エネルギーを持つ二人の空中戦だったと分かるのは、大分経ってからのことだったと思います。

中国の、仙人とか神と呼ばれる人々の戦いの物語ですが、

レムリア的なものが、アトランティス的なものへと移行していく過程、

あるいは、レムリア的なものとアトランティス的なものの戦いと思って見ると、

なかなか興味深いと思ったドラマがありましたが、題名は、忘れました…

ある意味、この感じのものを思い出させるものは、沢山あります。

エネルギー的な生き方から、だんだんと肉体に、頭に、傾き、エネルギー的に重くなり、実感が、欲望が、重視されるようになる…

どちらが良い悪いと言うのではなく、

今の時代は、この統合が求められている時代なのだと感じています。

01/05/2026

子育てをし始めると新聞も読まなくなり、いつか気がついたら、戦争の理由のようなものが、何か見えづらいものになっていました。

いつのまにか、アフリカに、山のように国が出来ていました。

ディープスティトとか、軍産複合体とかを知るようになって、そうだったのかと…垣間見えてきましたが。

戦争反対を叫ぶと、かっての日本でもありましたが、

権力によって弾圧され、酷い殺され方をしたものです。

アメリカは、ベトナム戦争から、様々な国に、正義を歌って戦争に赴きましたが、

イラン・イラク戦争で愛する人を亡くしたアメリカ人女性が、

もうこれ以上、自分のように悲しむ人が出来て欲しくない、

愛する人を失った苦しみや、怒りや悲しみを回し続ける、

憎しみを回し続けて生きてもきりが無い、

もうこうした生き方をしなくても良い世界を求めたいと、

思いを周りに伝えようとしたら、

村八分のような状況になったのを、報道で見ました。

戦争反対を叫ぶことも、一歩間違えば、

肉体の死までは、いかないとしても、

精神的には孤立させられ、生き合う事においても、死を意味したりします。

そして、ここにも、分かり合わない、孤立や、分裂があります。

ベトナム戦争では、戦場に赴いた若い兵士が、沢山、精神に異常をきたしたようです。

異常をきたす心こそ、正常なのだと、私には思われます。

今、私達は、こうしたことは、忘れてはいけないような気がします。

そして、善悪に駆られた感動が、

戦争を起こす引き金になる危険をも、知らなければならないとも思います。

純粋な怒りと、

奥に潜む欲望を見分ける力を持つことが出来なければならないとも思います。

中国の経済の混乱や、アメリカの経済、日本や、世界の状況は、一歩間違えば、カサンドラクロスのような状況にも見えました…

今は、何か、又違った、変化が起きているようにも感じてはいますが…

今は、イスラエルや、イランなのでしょうか?

私達の、人類全体の生き方は、

まだまだ、自分達の首を絞めるのに余念がないように見えます。

感情と頭と言った、

見える、分かりやすい表面世界に縛られているからかもしれません。

今は、外側の問題を考えるより、

一人一人が、内側を整えて、

内なるいのちの幸せを感じることが出来るようになる事が、世界の平和を握っているのだと思っています。

こうした状況を救える唯一の道は、

一人一人が、一人一人の中にある、内なるいのちを、愛を見つけることだと思っています。

そして時代も又、私達人類に、

本来のいのちである、

"愛"そのものである、

"宇宙"とも呼ぶべき、

"うしろの正面"を見せようとしているのを感じています。

世界は、変わろうとしています。

30/04/2026

今でも忘れられない写真があります。

まだ、中学生にはなってなかったと思うのですが『朝日ソノラマ』と言う、

多分、戦争中の写真を本にしたものの中の、最後のページに、

短剣を首に刺して、眠るように仰向けになった、ほとんど首から上の写真がありました。

演習場の後方で起こっていたと…そこには書かれていたような気がします。

穏やかな顔をしていました。

私は、女ですから、戦場に出ることはないだろうとは思いましたが、

その思いがとても分かるような気がしました。

人に殺されたくもありませんが、人を殺すことは、もっと嫌です。

でも、自ら、死ねるだろうか?とも思いました。

戦場に出て、殺されそうになれば、恐怖で人を殺すことだって避けることは出来ないのかもしれない…とも思いました。

それを思えば思うほど、何故人間は戦争をし続けているのか?何故起こるのか?と考え続けていたものです。

やがて、新聞や雑誌などを、細かく読んでみたら、富と力への欲望によって戦争が引き起こされているのがハッキリと見えてきました。

昔は、原水爆禁止運動と言うのがありましたが、

これらの幾つかの団体でしょうか?その間でも争いあっているのを見て、

平和への道は、険しい、難しいと思ったものです。

…続きます。

29/04/2026

知り合いが確か、「先のことがどうでもよくなった」と言ったようなメッセージを送っていたようなのですが、出かける時だったので、後でと思っていたら、探せなくなりました。

もう一人の知り合いの方も、心がバサバサに…と言った表現をされていましたが、

このお二人とも、感覚が鋭くて、良い生き方されている方達です。

そして真面目です。

何か投げやりになった?のでは無いのかと思った感覚は、半年前?くらいに、私にもありました。

別に投げやりでもなく、でも言葉にするとそんな感じで、何もやる気が起きないような…
かと言って、通常的にその言葉にすると、何か違う。

真面目さが足りないと言うか、多分、自分に甘いので、
この言葉に違和感があり、何が起こっているのか?と感じてみました。

これは実はネガティブな言葉ではなく、

身体や、感覚の方が、時代がシフトしたことを感じているのだと分かったら、つきものが落ちたように何もなくなりました。

風通しが良すぎて、

今迄の感覚からしてみたら、何か、やる気が無いとか、殺伐としているかのような思いになったりしますが、

もっと軽やかで、何も無い、本来のエネルギーそのものが、今迄の感覚からしてみたら手答えが無くなって落ち着かない、と言うのが当たっているのかもしれないと感じてみたら、落ち着きました。

日本人は、どこか真面目なので、どこか力が入っている方が、一生懸命に感じられて安心したりしますが、

もう時代のエネルギーは、すっかりどこかで様変わりしているようです。

人類全体の意識は、まだまだ違うとも言えますが、否応なく時代は、チェンジの中にいるようです。

古い殻を脱ぎ去って、新しいいのちに、新しい生き方を、その息吹きをどう生かすのかが問われている今のようです。

日本人は真面目ですから、常に何かをし続けていなければいけないと考え続けています。

これ自体が古いのです。

ただ自分を感じて、ただ在り続ければよい時です。

流れが変わる時、せめぎ合ったものが、一時、静止する時間があります。

意識が、外側から内側に完全にシフトしようとする時です。

何も無さに耐えられない感じを受ける時でもあります。

頭で考えると不安になったりしますが、
内側の感覚に全托することが出来れば、思ったよりスムーズな事がわかります。

22/04/2026

人は、様々な要因が、様々に積み重ねられていて、簡単に言う訳にもいかないのですが、

コンプレックスと言いますが、実に、複雑に組み合わさっています。

でも、敢えて言えば、

人の中には、大きく分けて、
能動的タイプと受動的タイプ、

極端に言えば、ワガママタイプと、隷属タイプがあるように見受けられます。

能動的タイプは、自分を愛し、自分を生き、自分を顕したい。

受動的タイプは、人を愛し、人と出会い、人と繋がりたい。

と、言っても、最初の外的な表れとしては、極端に言えば、

ワガママタイプでは、自分のことにしか焦点がいきにくい結果として、周りを振り回わす生き方になりやすい、

一方、人と繋がりたいタイプは、人のことばかりを気にして、自分をおろそかにしやすいため、結果として、周りに振り回される事になる…

この状態は、
外側に焦点が当たっていて、

人の評価や、人に認められることが重要であるため、内的自分に目が向いてない事を意味しています。

その状態では、

究極、二つが、一つの世界であり、違わない世界にやがてなると言う事は、考えられないかもしれません。

内的世界の中で見てみれば、この二つは、やがて、何ら違わない、一つの世界として認識し、形成されていくようになります。

この二つの動き、あるいは、人の中にある、二つの衝動は、人が、自分を生きる時の両輪として備わっています。

このバランスが取れない時、様々な事が起こり、この調整をさせられることになります。

問題が起こると言う事でもあり、問題に答えなければ、応えなければ、生きづらさは続くことになります。

勿論、そんな事は、一切見ることができないと言った状態もあります。

自分が自分を生き、自分と一つになり、自分を愛し、自分に落ち着くまで、
又、
人を愛し、人と一つになり、共に生きる喜びを知るまで、

人にとって、生きることは、苦しみや、悩みでもあったりします。

やがて、この二つは、二つでは無い、一つの世界として統合されます。

自分を生きることと、人を愛することが、何ら違わない場所にいく時、

人は、自分を愛し、自分を認める事が、

人を愛し、人を認める事と違わない事に、

そして、失われることの無い幸せが何か、平和が何かを知ることになります。

一人一人の中に、この内側の平和が訪れた時、この世界は、もっと優しいものになります。

外側で行われる平和は、圧力によって抑え込まれたものであればあるほど、それは、反動を生みます。

それは、苦しみを生みます。

生む、膿む、熟む、倦む、績む、埋む、…

苦しみは、諦めを生み、明ら芽、明らかにする芽を生みます。

そして、芽は、やがて、明らか、明ら花ていう花を咲かせます。

何も悪くありません。

言葉遊びをしてみると、予測出来る世界が見えてきたりします。

内的世界の、一人一人の中にある幸せ、ありのままの自分、何もなくても感じる平安や、喜びが、全ての解決の鍵になります。

それは、本来の自分、本来のいのち、愛と言う世界を伝え続けてくれています。

この事は、限りの無い"道"でもあり、この経験をしたいがために、この肉体をいただいて、この世界に降りてくる…

住所

川越市元町1丁目14/16
Kawagoe-shi, Saitama
350-0062

営業時間

月曜日 13:00 - 17:00
金曜日 13:00 - 17:00
土曜日 13:00 - 17:00
日曜日 13:00 - 17:00

電話番号

+817069816373

ウェブサイト

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