01/03/2020
【最終記事】今まで、CCM清里萌木の村大会開催に当たりましては、何かと行き届かない運営に対して、選手の寛大なご理解、また、他のクラブや外部の方からも沢山お手伝いいただいたりしていただいたおかげで、何とか、事故もなく大会を終えることができたのではないかと思います。ご協力いただいた皆様、参加いただいた皆様にはこころより感謝申し上げます。ありがとうございました。
最後に、CCMオルガナイザーの富樫さんに最後の記事の文章をおねがいしまたので、ここに、記載させていただき最終記事とさせていただきます。
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「さよなら萌木の村」で考えていたら、1986とか1996 1997とかいろいろな記念年度が萌木の村にあることがわかりました。それで、書いた文章をコミュニケ掲示板に貼りました。
1996年ここ萌木の村に、オルゴール博物館 ホール ブ オールズができたのが1986年。それから10年して1996年。地ビール醸造と今のレストラン、ロックの準備が進められ、翌年今のロック、萌木の村の形が完成しました。
ここのテーマパークで競技性とは別の、エンターテイメント性の「シクロクロスの一面」を見せる試合開催ができました。今回でこの会場は最後になります。またこの近くの試合の際はお立ち寄りください。美しい庭園になります。
1996年。富山、広島富山、広島、関西でも試合が始まり、シクロクロスミーティングが10年目となった1996年1月に第1回全日本選手権が雪の八ヶ岳・原村で開催されました。
この1995-1996シーズンは、宮澤崇史、丸山厚、池本真也の3人の17歳、小平幸永、足立晴信、筧兄弟、西田和弥ら、新星が同時に現れた年でした。
カテゴリー2で足立が西田に負け、小平が丸山に負け、星をつぶしあった。
ドイツからはトルステン・クファーナゲル と後に世界選手権を5度制するハンカ・クファーナゲル、ポーランドチャンピオンのスラボミル・バルルがシーズン参戦し、世界の水準を僕たちに見せてくれました。
パリの郊外Montreuil で行われた世界選手権は、全選手が完走し、世界の列強に食い込んだ17歳の3人の時代は今も続いています。
翌シーズン、鈴木雷太、鈴木祐一とともに、佐宗広明、足立晴信、関谷晃一、池本真也が、スーパープレステージ、ワールドカップを転戦し、成績を残しました。 今でも語りつくせない1年です。
2020年2月 CCMオルガナイザー岡本 慎治