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■2025年マッチレポート:決勝戦 小堀桃子 6-2,6-4 清水映里 『浜松で交錯した二人の足跡。二人が目指すは、より大きな舞台での再開』■ 小堀桃子と、清水映里。 この二人には、いくつかの共通点があった。 ともに1998年生まれの27歳...
14/11/2025

■2025年マッチレポート:決勝戦 小堀桃子 6-2,6-4 清水映里 『浜松で交錯した二人の足跡。二人が目指すは、より大きな舞台での再開』■

 小堀桃子と、清水映里。
 この二人には、いくつかの共通点があった。
 ともに1998年生まれの27歳。身長は小堀が158センチで、清水は160センチと似た体格。現在のランキングも、436位と444位と近い。
 もっとも、辿ってきた道のりは異なる。
 ジュニア時代に多くの国内タイトルに輝いてきた小堀は、高校卒業と同時にプロの道を歩み始めた。キャリア最高位は、20歳の時に到達した226位。ただその後は、200位の壁が破れない時期が続く。昨夏は3か月コートに立てない時期を過ごし、ランキングも900位まで下降した。
 それでも後が無くなったことで、逆に「ふっきれた」と本人が笑う。今季はWTAツアーや苦手意識を抱くクレー(赤土)コートの大会にも積極的に参戦し、上り調子で迎えたのが、11月の浜松ウイメンズオープンだった。

 一方の清水は、早稲田大学を経てのプロ転向。最高位の296位に達したのは、ちょうど1年前だった。ただランキングが上がり、戦う土俵も上がったなかで、課題も浮かび上がっていく。
「私は、その場で足を止めて打つのは得意だけれど、走りながらだとミスが多くなる」と清水が明かす。その弱点を克服すべく、フットワーク強化に特化してきた数か月間。その成果を実感しながら勝ち上がり、そして至ったのが、今大会の決勝戦だった。

 プレースタイルも、二人は対照的だ。
 小堀は右利きで、清水はサウスポー。スピンを掛けた強打が武器の清水に対し、小堀は相手の球威を生かすカウンターパンチャー。清水がいかにストロークの高低差も生かしつつ、小堀の打点をずらせるか? あるいは小堀が、ボールの跳ね際を叩き、低い軌道のショットで清水のスピンを封じるか? 決勝戦の焦点は、どちらが先に仕掛け、ストローク戦で主導権を握るかに絞られていった。

 迎えた、決勝戦――。朝から降り始めた雨を避け、屋根を備えたコートで行われた頂上決戦は、予想通りの激しい打ち合いとなる。清水が左腕を振り上げると、ボールはコートぎりぎりに刺さり、小堀の射程圏から逃げるように大きくワイドへ逸れていく。対して小堀の打球は、ネットをかすめて砂入り人工芝の上を低く滑る。あいにくの悪天候にも関わらず、観戦に訪れた熱心なファンで埋まるスタンドからは、両者がボールを打つたびに、「おー!」と感嘆の声が上がった。ネットを挟み、二人は各々が積み重ねてきたテニスを、全身で表現していた。
 両者の狙いは、明確だ。左腕の清水としては、自分のフォア対小堀のバックのクロスラリーを続けたいところ。対する小堀は、バックに来たボールに軽くラケットを合わせて、無理なくストレートへと切り返す。同時に自身のポジションを上げ、ネジを巻くように、打ち合いのリズムを上げていった。
 こうなると、時間が欲しい清水が苦しくなる。
 ただそれでも、清水は下がらない。それは彼女自身が、「今取り組んでいるテニスを貫きたい」との思いが強かったからだ。
「左右に振られても、自分からしっかり刺さる強いボールを打っていくのが、今の課題。それにトライし続けたかった」
 だから清水は、攻め続けた。

 下がらず強打を打ち続ける清水の覚悟は、ボールを打つラケットを介して、小堀にも伝わっていただろう。
 それでも小堀は、「苦しい場面でも、踏ん張れた」と試合後に凛と言う。
「今年は、WTAツアーやヨーロッパにも遠征して、強い選手ともたくさん戦ってきた。素地の力が上がっている」
 それが小堀の手応えであり、矜持でもあるだろう。第1セットは最初のゲームでブレークされるが、直後に追いつき、ゲームカウント2-2から一気に抜け出した。

 第2セットでも先にブレークを許しはするも、試合が進むにつれ、時間と空間を支配していったのは小堀の方。特にリターンでは、ポジションを上げ、清水がサーブを打つより早くコースへと動いた。その予測は、小堀曰く「あまり自信のないフットワークをカバーするため、子どもの頃から自然とやっていた」という彼女の武器。「読み」や「勘」などの言葉で表現されがちだが、その実態は、積み重ねた経験をベースにはじき出す確率論だろう。

 試合開始から、1時間15分――。鋭いリターンから清水を揺さぶった小堀が、最後は迷うことなくネットに詰め、ボレーをオープンコートに柔らかく沈める。今大会の……、いや、今季の小堀を象徴するかのような、洗練と攻撃戦をブレンドしたウイニングショットだった。

 頂上決戦の舞台であるコートは、試合が終わった直後には、セレモニーの場に変わる。
 準優勝のトロフィーを手にする清水は、スピーチの途中で涙を流した。
「悔しさもあったけれど、いろんな感情が沸き上がって、自分でも理由の分からない涙が出てきちゃいました」
 後に清水は、恥ずかしそうに振り返る。
「スピーチ、やり直したいです。本当は、桃子ちゃんにも祝福やお礼を言いたかったのに……」
 それが、自分のプレーについては「悔いはない」と明言した清水が、浜松に残した悔いだ。
 
 一方、月桂冠を戴く小堀は表彰式で、優勝した瞬間よりも柔らかな笑みを広げて言った。
「映里ちゃんとは、同じ27歳の同期。また、大きな大会の決勝戦で戦いたいです」
 
 二人の足跡が重なったこの浜松大会は、世界への扉を大きく開く港でしかない。ここから旅立つ二人の航路は、またどこかで交わるだろう。そしてその地は、より大きな舞台であるはずだ。

(大会公式ライター/内田暁)

■2025年大会注目選手④:清水映里 『課題と向き合った先で至った頂上決戦の舞台』■「こうやって試合後に話すと、自分のことが分かって良いですね」  シングルス・ベスト4進出を決めた試合後。取材に応じてくれた清水映里は、最後にそう言い小さく笑...
08/11/2025

■2025年大会注目選手④:清水映里 『課題と向き合った先で至った頂上決戦の舞台』■

「こうやって試合後に話すと、自分のことが分かって良いですね」
 
 シングルス・ベスト4進出を決めた試合後。取材に応じてくれた清水映里は、最後にそう言い小さく笑った。
 もちろん、こちらを気遣っての発言でもあっただろう。ただ実際に、質問に応じる彼女の答えは理路整然としており、言葉の数々が無駄なく一つのロジックにはまっていく。その語り口調は彼女の今の充実度を、そのまま反映しているようだった。

「全日本選手権が終ってから、課題が明確になったんです」
今大会でのテーマを尋ねた時、清水は即座にそう答えた。
清水の武器は、左腕から繰り出す強打。攻撃力に定評のある彼女が、10月上旬の全日本選手権2回戦で敗れた時、自身の課題と本格的に向き合ったという。

「フットワークを強化していく必要があるなと思ったんです。私は、その場で打つのは得意なんですけど、左右に振られると攻撃力がガクッと下がってしまう。そこを強化することを、ずっと意識して練習してきました」

 清水は昨年(2024年)末、キャリア最高位の296位に到達。グランドスラム予選出場権の200位以内が、見えるところにまで迫った。
 ただ、出場する大会のグレードや対戦相手のレベルが上がるなかで、弱点も可視化されたという。それらの課題を克服すべく、今年4月には環境も変えた。「練習で苦しいと顔に出てしまう」という自分の退路を断つためにも、ジュニア時代に師事した田中宏幸コーチの門を叩いたのだ。
「もう私も、若くないので」
27歳は、少し照れたように笑った。

ではフットワーク向上のため、具体的にどのような取り組みをしてきたのか?
「もちろん、ジムでのトレーニングも含めてですが、オンコートで振られた時の対応力は、身体で覚えるしかないと思ってます」と清水が言う。
 試合での状況を想定し、チューブやメディシンボールを使って必要な筋力を強化する。「パワー負けしないために、身体を大きく使う」ことにも注力した。それは地味で地道な取り組み。結局のところ、最後にものを言うのは、反復練習だった。

 今大会での準決勝の勝利は、それら取り組みの果実だと言えるだろう。対戦相手の齋藤咲良は、球質の高さと、両翼からの展開力に定評のある実力者。実際に試合では、清水が左右に走らされる場面も多かった。ただ、全力で走り追いついた苦しい体勢からも、清水はスピンを掛けた重いショットをライン際へと打ち返す。最後まで自分を信じて攻め抜き、6-4,4-6,6-4の死闘を制した。

 早稲田大学を卒業しプロに転向した時、清水は「5年以内に、納得できる結果を出したい」と思っていたという。
 今が、その5年目。もちろん、「グランドスラム出場」の目標に変わりはない。ただ、目的地にばかり目を向けているわけでもない。
「今の課題に取り組みつつ、目の前の一試合ずつを戦う先で、目標に近づけたら良いなと思いながらやっています」

 小堀桃子との決勝戦にも、同じ心持ちで臨む。

(大会公式ライター/内田暁)

■2025年大会注目選手③:小堀桃子 『増えた笑顔とガッツポーズの訳』■ とても、よく笑う——。 それが、今大会での小堀桃子の印象だった。 もっとも、彼女に近い人たちから聞くところによれば、以前からよく笑っていたらしい。ただメディアの前やコ...
08/11/2025

■2025年大会注目選手③:小堀桃子 『増えた笑顔とガッツポーズの訳』■

 とても、よく笑う——。

 それが、今大会での小堀桃子の印象だった。

 もっとも、彼女に近い人たちから聞くところによれば、以前からよく笑っていたらしい。ただメディアの前やコート上での彼女は、どちらかというと表情を変えず、クールなイメージが強かった。
 その彼女が今回の浜松では、公の場でも笑みを広げる。金色に近い髪色のように、表情やまとう空気が明るいように感じた。

 ポジティブなエネルギーは、コートで戦う姿からも滲みだす。仕掛けるタイミングが早い。ポイントを取った時には、ガッツポーズが飛び出す。それらも以前は、あまり見られなかった姿のように思う。
 これも彼女と仲の良い選手から聞いた話だが、「最近、ハゲ打ちするようになったんだ!」と言っていたそう。「ハゲ打ち」とは、激しく打つことの意。小堀の武器はカウンターだが、それは受け身のテニスと表裏。自ら攻めて仕掛けるテニスに、意識的に変えてもいるようだ。

 その「ハゲ打ち」の件を本人に尋ねると、恥ずかしそうに目を細め、次のように明かしてくれた。

「攻撃が早くなったという意味では、そうかもしれないです。ボールの質を上げつつ、下がらないで前に前に入って打つ。以前は、ミスしないようにと考えていましたが、今は『ミスしても全然オッケー!』って感じです」

 確かに、意識は変わっていたようだ。そこで“ガッツポーズ”についても尋ねると、「えー、どうなんだろう……」と少し考えたのちに、彼女がポツリと言った。

「最近、鈴木(翔太郎)コーチが付いてきてくれる回数が増えたので、そのせいかなって思います」……と。

 コーチがツアーに同行してくれることの効能は、恐らくは、外野が思う以上に大きい。試合ごとに課題を見つけ、練習の充実度を上げられるのはもちろんのこと。常に絶対的な味方が居るという安心感は、コート上のパフォーマンスにも直結する。異国に行けば、ことさらだ。
 現に小堀も、コーチ帯同で何が変わったかとの問いに、「ちょっと、これあんまり関係ないかもしれませんが」と前置きしたうえで、こう続けた。

「海外遠征にいくと、日本人が少ない大会もある。特にWTAの大会 だと、周りはすごい選手ばっかり。そういう時に、“居場所”が一つあるっていうのは、自分的には大きいかもしれないです」

 笑顔、ハゲ打ち、そしてガッツポーズ——。
 今大会で見られた、小堀を構成する新要素の数々が、ぴたりと一つに重なった。
 
 今季の小堀はWTAツアーにも精力的に挑戦し、先週も香港オープンでシングルスでは予選を突破。ダブルスは準優勝と結果を残したばかりである。
 好調に伴う負の側面は過密スケジュールで、今大会では疲労の蓄積も大きいだろう。太ももに巻かれたテーピングは、重ねた激闘の跡を物語るようだ。それでも本人は、「痛みは無いんですよ」と涼しく振る舞う。 
 ポジティブで、なおかつ、無欲——。それはきっと小堀桃子にとって、勝利への最高のレシピだ。
 
(大会公式ライター/内田暁)

■マッチレポート:2回戦 齋藤咲良 7-5,6-4 木下晴結 『出会いから10年――。19歳の”プロ初対戦”』■ 二人が最後に対戦してから、3年の年月が流れていた――。 齋藤咲良と木下晴結は、ともに2006年生まれ。しかも齋藤は10月3日、...
07/11/2025

■マッチレポート:2回戦 齋藤咲良 7-5,6-4 木下晴結 『出会いから10年――。19歳の”プロ初対戦”』■

 二人が最後に対戦してから、3年の年月が流れていた――。
 齋藤咲良と木下晴結は、ともに2006年生まれ。しかも齋藤は10月3日、木下は10月27日と、誕生日も3週間ほど離れているだけだ。二人はジュニア時代から、日本代表のチームメイトとして多くの国際大会を戦い、ダブルスを組み、幾度も大舞台で勝利を勝ち取ってきた盟友。そんな二人が、浜松ウイメンズオープン2回戦で相対する。それは“プロ”として、初めての対戦でもあった。

 齋藤と木下の出会いは、まだ二人が9歳の時。韓国国際ジュニアという、10歳以下の大会に参戦した時だった。齋藤は群馬県で生まれ育ち、木下は大阪出身。一般的に小学校低学年の頃は、活動地域が異なると、顔を合わせる機会は少ない。それでも齋藤と木下は、各々の地域予選を勝ち抜いたため、日本代表として出会う。二人の足跡はまだ幼いキャリアの始まりの日、世界へと続く道で重なった。

 国際大会の記録として残る両者の対戦は、過去3回。一度は松山市のジュニア大会で、勝者は齋藤。二度目は三木市で、木下がリベンジを果たした。そして最後が、2022年の大阪市長杯スーパージュニア。対戦のステージは準決勝で、齋藤が6-3,6-1で快勝している。
 
 この3年前のスコアが象徴するように、ジュニアからプロへの移行期で、先に結果を出したのは齋藤だ。翌2023年5月には、齋藤はジュニアランキング世界2位に到達。2024年2月にはジュニアを完全卒業し、以降は“大人”のプロ大会へと照準を絞った。その後の足取りも軽く、2024年末には150位を記録。グランドスラム予選に参戦し、WTAツアーのジャパンオープンでもベスト8へと勝ち上がった。

 齋藤が快進撃を見せはじめたその頃、木下は「自分が止まっているような感じがした」という。拠点とした京都府のLYNXテニスアカデミーはジュニア強化が中心で、そこでは自分が一番強くなる。それは喜ばしいことではあるが、切磋琢磨による成長の機会を失うことを意味してもいた。

「これはやっぱり、環境を変える時なんやな……」

 地元を離れ、一人暮らしを始めることに不安を覚えつつも、成長への渇望が全てを上回った。新たな拠点は、元世界24位の神尾米氏率いるTeam Riseに決まる。トライアウトで訪れた時、その雰囲気や与えてもらった助言の的確さに、「速攻で決めた」。

 新拠点で力を入れてきたのは、まずはフィジカル強化。筋力を上げ、フットワークを磨き、それらをテニスに連動させていく。大会期間中もトレーナー帯同のもとにトレーニングを重ね、目指す「ストロークで粘りつつ前に出ていくテニス」を、計画的に構築していった。

 一方の齋藤は、今年(2025年)序盤は苦しい時を送っていた。
 テニスのランキングポイントは、獲得から一年経つと消失する。つまり、躍進の過去は一年後には、ランキングが落ちる恐怖として選手に迫る。齋藤も今季が始まった頃は、「焦りがあった」ことを認める。ランキングを守りたいとの思いから、出場大会数も増やした。だが、上がった地位に伴い出る大会のレベルも上がった中で、そう簡単に勝利は得られない。序盤敗退が続くと、試合勘も自信も薄れていく。「試合を重ねるごとに調子が上がるタイプ」という齋藤にしてみれば、エンジンが掛かる前に大会会場を去るもどかしい日々が続いた。
「技術は落ちていない。テニス自体は去年より上がっている。もう一度、自信を取り戻したい」
 明確なその狙いのもとに出場したのが、先週のITF W35の牧之原大会。そこで単複優勝を果たし、勢いをつけ駆け込んできたのが、初出場の今大会だった。
 齋藤は、一時より落ちたランキングを再び駆け上がる最中。対する木下は、新拠点での積み重ねが徐々に結実し、先月キャリア最高位の443位に到達したばかり。
 それぞれが異なる順路を辿ってきた中で、二人の足跡は3年ぶりに、浜松で交錯した。

 齋藤との対戦が決まった時、木下は「すごい、楽しみ!」と顔をほころばせ声を弾ませた。同期ではあるが、今の立場的には、木下は挑戦者。そのような心の持ち様は、試合序盤からプレーに反映される。跳ねるボールで、齋藤のバックの高いところを狙う。浅いボールをスライスで返し、そのままネットに詰めてボレーを決める。多彩な木下のプレーに、苛立ちを見せたのは齋藤の方だった。

 久々の同期対決を、齋藤は「最初は、意識していた」と認める。
「前よりも、ハユちゃんの守備力が上がっている。いつもなら決まるショットが返ってくる」
 3年前のイメージと異なる現実が、焦りを生んだだろうか。“らしくない”ミスもあり、ブレークを許した序盤戦。
 ただ試合が進めば純粋に、目の前のボールへと集中していく。
「フォアハンドで作り、ストレートに展開する組み立ては上手くいっている。自分の方が、コートの中に入って打っていけている」
 自分のポイントパターンへの手応えを深めた齋藤が、終盤の競り合いを抜け出し、第1セットを奪った。

 第2セットに入った時、木下は自分のエネルギーの低下を感じていたという。齋藤の強打に押される場面が増え、ゲームカウントは1-4に。
 ただ劣勢になりながらも、木下は、「サラちゃんとの試合は、楽しい!」と感じていた。
「安定感あるサラちゃんを、どう崩していくか? どう攻略するか考えながら試合するのは、すごく楽しかった」というのだ。
 木下が抱いた高揚感は、プレーにも現れる。スライスを打つと前に出て、齋藤の強打をラケットの先でとらえてネット際に柔らかく落とす。守から攻への大胆なトランジション。二手三手先まで考えているだろう組み立て。木下が抱いた楽しさは、観る人々へも伝播した。

 結果的には第2セットも、齋藤が木下の追撃を振り切り勝利へと駆け込む。それでも木下は、「今日の試合は、前より手応えがあった。メチャメチャ悔しいけど、やっていることはあっていた」と、自分の言葉にうなずいた。
 
「サラちゃんは、いつも先を行っている。いつか超えていきたい存在」

 やわらかく響く関西弁の声色に、強い決意がはんなり滲む。
「わたし的には、サラちゃんに『優勝してくれ!』って感じです」
 それはライバルにして友人に送る、これ以上にないエールだ。

(大会公式ライター/内田暁)

■2025年大会注目選手②:吉岡希紗■ 今はテニスが、好きになれていますか――? その問いに答えるより先に、顔中に広がる笑みが何より雄弁に解を語っていた。吉岡希紗は、現在プロ3年目。静岡県裾野市出身の25歳だ。 吉岡が初めて浜松ウイメンズオ...
05/11/2025

■2025年大会注目選手②:吉岡希紗■

 今はテニスが、好きになれていますか――?

 その問いに答えるより先に、顔中に広がる笑みが何より雄弁に解を語っていた。吉岡希紗は、現在プロ3年目。静岡県裾野市出身の25歳だ。

 吉岡が初めて浜松ウイメンズオープンに出たのは、“ひと昔”の時を遡る2015年。予選に出場し、その時は一回戦で敗退した。
 そこから彼女が重ねた本大会の出場回数は8を数える。高校生から大学生に、大学生からプロ選手へと、そのつど肩書きも変わっていった。
 スラリと伸びた171センチの長身同様に、まっすぐに歩んできたように見えるテニス街道。
 ただ実は、「大学の部活を引退するころは、プロになることは考えていなかった」のだと明かした。

「肩のケガもあり、思うようなテニスができなかった。『もっと出来るのに……』という思いが強くて、テニスが嫌いになりかかっていたんです」
 3~4年前に時計の針を巻き戻し、吉岡が当時の思いを明かす。勝利を重んじ、ミスを減らすことが求められる学生テニスの風潮も、フラットの強打を武器とする吉岡が、ジレンマに陥った要因だった。

 楽しいはずのテニスが、いつしか苦しいものとなったまま、近づいた卒業の日。
 ただその頃から、「このまま辞めたら、悔いが残る。私だけ、テニスが嫌いになってやめたくない」との強い思いが胸を占めた。
 彼女が言う「私だけ」は、家族との対比で出た言葉だ。吉岡家の人々は、父も母親も、そして姉もテニスが大好きなのだという。そんなテニス一家の末っ子にとって、テニスとは家族の絆でもあるのだろう。プロになり、テニスの楽しみを再発見したいという渇望の源泉には、そんなテニスの原体験があった。

 プロになってからは今も変わらず、群馬県のMAT高崎テニスクラブが拠点。世界40位の森田あゆみら多くのトッププロが輩出した名門であり、選手の持ち味を伸ばす指導法に定評がある。
 その新たな環境で、吉岡は再び長い左腕を伸び伸びと振り抜き、テニスの楽しみを知った。
 冒頭の「今は、テニスが好きになれていますか?」の問いに、彼女は「はいっ!」と弾む声で答える。

「MATに行ってから、コーチのマサト(松田将十)さんには戦術を多く教えてもらっています。私はネットプレーの自信はあまり無かったんですが、マサトさんは『ボレーも打てる』と言ってくれるので、最近はやるようにしています」

 プレーに新たなオプションを加え、それら手持ちのカードの切り方を学ぶことで、ゲーム性の魅力も感じている様子。実際に今大会の初戦も、戦略の勝利だった。1回戦で対戦した第5シードのバック・ダヨンは、ミスの少ない試合巧者。ただバックはスライスが主体のため、第1セットの吉岡は、相手のバックにボールを集めた。もっとも、そんな狙いは相手も百も承知。前に出てもロブで抜かれ、思うように展開できなかった。
 そこで第2セットからは、まずは相手をフォアサイドに振るようにする。そこからバックに展開すると、ボレーで決られるようにもなった。試合中に情況を分析し、適応力を発揮しつかんだ逆転勝利。それらは吉岡が、「テニスが好き」と思えているからこそ、成された成長でもあるだろう。

 戦績という意味では、まだまだ満足は出来ていない。ここ最近は、「勝てそうで勝てない」試合が続いていたとも言う。
 それでも本人の中では「ここを切り抜ければ、ポンポンと行けそうな感覚はある」と言う。キャリアの始まりの地とも言える浜松大会が、その転機となる可能性は、大いにある。
 
(ライター/内田暁)

↓写真向かって一番左が吉岡。時計周りに、荒川晴菜、虫賀心央、佐藤光、永田杏里

■2025年大会注目選手①:色川渚月■「やり始めて一年しないうちに、もう、プロになりたいなと思い始めた気がします」 顔中に明るい色を灯し、色川渚月が言った。 去る10月16日に誕生日を迎えたばかりの、15歳。“ワイルドカード選手権”を制した...
02/11/2025

■2025年大会注目選手①:色川渚月■

「やり始めて一年しないうちに、もう、プロになりたいなと思い始めた気がします」

 顔中に明るい色を灯し、色川渚月が言った。
 去る10月16日に誕生日を迎えたばかりの、15歳。“ワイルドカード選手権”を制した彼女は、11月4日に本戦が開幕する浜松ウイメンズオープンで、念願の“大人の国際大会デビュー”を果たす。

 浜松ウイメンズオープンは、“ITF W35“と称されるカテゴリー。「ITF」は「International Tennis Federation(=国際テニス連盟)」の略であり、「W35」は、優勝者が得られる35ポイントを示す。本戦に出るには600位前後の世界ランキングが必要であり、そこに届かない選手たちは、予選からの長い道を歩むのが本来の順路だ。

 ただこの大会には、より多くの若手たちに、世界へ羽ばたくチャンスを与えたいとの理念がある。かつて徳川家康が天下統一の礎を築き、「出世の町」と謳われるこの土地の気風もあるだろうか。いずれにしても浜松ウイメンズオープンでは“ワイルドカード選手権”が開催され、この予備大会を勝ち抜いた一名は、本戦への切符を手にできる。参加可能な年齢は20歳以下。ランキングも必要ない。若手にとっては、いきなり世界のとば口へと続く“どこでもドア”だ。

 一年ほど前から色川は、なるべく早く、ITF公認の“大人”の大会に出たいと願っていたという。大人の国際大会に出られるのは、14歳から。8歳でテニスを始め、ほどなく「グランドスラムで活躍するようなテニス選手になりたい!」と願った色川にとって、プロは夢ではなく、夢をかなえるためのプロセスである。
 まずは、ジュニアの国際大会に出てランキングを上げ、グランドスラムのジュニア部門に出場。同時に14歳ころから“大人”の国際大会にも出場して、WTAランキングを上げていく……。
 そのような夢への順路は、自分で学び、分からないことはCSJつくばテニスガーデンのコーチたちに教えてもらいながら、思い描いていたという。ワイルドカード(WC)選手権の存在を教えてくれたのも、コーチ。「いつか挑戦してみたい」と願っていたその「いつか」が、今になった。

 世界への順路を知る彼女は、自分のプレースタイルを構築するプロセスについても、自覚的だ。今現在、憧れる選手はヤニック・シナー。「全てのボールにしっかり入り、どこからでも自分のイメージ通りに打つような感じ」に羨望の目を向ける。
 ただ同時に、「自分の身体能力や体格に応じたテニスをしなくてはいけない」と、現実的で俯瞰的な視線も持つ。「ラリーのテンポを上げ下げしたり、いろんなボールを使って相手を崩すテニス」が、自分の強みであり、磨きを掛けたい部分だという。

 今回のワイルドカード選手権でも、彼女はその持ち味を発揮した。ワイルドカード選手権は、ショートセットマッチを二日間で5試合戦い抜くため、素早い適応力や修正能力が求められる。
その短期決戦に挑むにあたり、色川が掲げたテーマは、「バックのストレート」の使い方だ。バックは彼女が最も自信を持つショットであり、クロスからストレートへの展開は、好きなポイントパターン。ただ、あまりに決めたいとの思いが強すぎ、際どいコースを狙い過ぎるきらいがあった。
 そこで現在、注力しているのが、「ボールの質で押していく」こと。
「コース重視ではなく、質の高いボールで相手を押しこみ、次で決めることを考えるようにしています」と色川。

 そのように考えるようになったのは、最近は海外のジュニア大会にも出場し、多くの選手と対戦してきたことも大きい。

「日本人だったら決まるボールでも、リーチの長い海外の選手には拾われたりする。クレーだとしつこい選手も多いので、一発に頼らず、何度も何度も狙っていく我慢強さが大事だなと思いました」

 それら経験に根ざす意識改革の成果こそが、今大会の本戦WC獲得だ。

 初の大人の大会で、欲するのは「強い選手との試合」。自らの手で挑戦権を手にした15歳は、大人の世界への扉を開き、その先へと大きく踏み出していく。

(ライター:内田暁)

27/11/2024

These are our 2024 memories🍊
Thank you for the support. And thank you to all the players who played .jp 🇯🇵

私たちの2024年の思い出です🍊
大会への応援ありがとうございました。 そしてhw openでプレーしてくれた選手の皆さま、ありがとうございました!!


#観音温泉カップ浜松ウイメンズオープン
#観音温泉
#浜松市
#浜松市テニス協会
#花川運動公園
#浜松新電力テニスコート




#アオヤマスポーツ
#女子プロ
#女子テニス

【2024年大会注目ダブルスチーム:大前綾希子&阿部宏美】「数年越しの想い重ねて——。初結成でタイトル手にした“悲願”のペア」 優勝に懸ける想いは、「実はかなり強かったです」と、大前綾希子は明言した。大前と言えばダブルス巧手、タイトルもかな...
16/11/2024

【2024年大会注目ダブルスチーム:大前綾希子&阿部宏美】

「数年越しの想い重ねて——。初結成でタイトル手にした“悲願”のペア」

 優勝に懸ける想いは、「実はかなり強かったです」と、大前綾希子は明言した。大前と言えばダブルス巧手、タイトルもかなり取っているとの印象が強い。現にITF公認大会では、今大会を迎えた時点で23のタイトルを手にしてきた。
 ところが最後に優勝した時となると、2018年まで遡る。やや意外ではあったが、実に6年間、国際大会のタイトルから遠ざかっていた。

 かなりの時間を遡るという意味では、阿部宏美に「ダブルスを組もう」と声を掛けた日も、今となっては遠い昔だ。
 阿部とは、ダブルスで多く対戦するなかで、「私とプレーが噛み合うだろうな」と大前は感じてきたという。
「前衛も後衛もできるし、プレーに隙がない。私が阿部ちゃんのペアと対戦した時は、いつも彼女を避けてパートナーを狙っていた」と言うまでに、大前は阿部を高く勝っていた。
 ところが、いざ「組みたい」と声を掛けると、「ケガをしちゃったので、復帰は半年以上先になります」と、いきなりの長期先送り。復帰後も度々声を掛けてみるが、「もうパートナーが決まってます」「その大会には出ません」と、返ってくるのは丁重なお断りの言葉の数々。

 それでも大前は、めげなかった。

「浜松ウイメンズオープンは、阿部ちゃんのスポンサーが運営をしている大会。絶対に出るだろう」と狙いを定め、早くから声を掛けて、今大会にてついに実現! 大前にしてみれば、戦略的に攻めて射止めた「悲願」のペア結成だった。

「ここまでラブコールを受けながら再三断わるなんて、いったい、大前さんの何が悪かったの——?」と、当然ながら冗談で尋ねると、「タイミングが悪すぎです!」と阿部は笑って即答した。
 声を掛けてもらうたび、「申し訳ない」と思いながらも断り続けて、幾星霜。それでも阿部の中でも、「大前さんは自分と似たタイプ。きっと組んだら、やりやすいだろうな」の予感はあったという。

 果たして、数年越しのラブコールを経て実現したダブルスペアは、相思相愛のプレーを振りまき、大前曰く「えげつなくタフ」なドローを駆けあがった。
 大前にとっての小さな誤算は、「阿部ちゃんは、思ったよりも強く打つ」こと。だからこそ、「ロブは、私の担当」と役割を明確化した。

 大前のそのような判断力と決断力こそが、阿部曰く、「一番、助けてもらえた」点だという。阿部が次のプレーに迷った時、「じゃあ、こうしよう」と直ぐにアイディアを出してくれる。逆に、自分から「こうやってみたい」と提案すれば、「うん、それで行こう!」と背を押してくれた。

 もっとも、作戦決断のプロセスは早いにも関わらず、試合中には主審から、「ポイント間の時間、もう少し短くね」とやんわり注意を受けたという。それは単に、「今のポイント、やばかったですね」「今の、超良かったよ!」などの“感想戦”が長いから。そんな微笑ましいエピソードからも、試合中にも言葉を交わし、意志を重ね、絆を強める過程が伺えるようだ。

「えげつなくタフ」なドローを勝ち抜く上で、大前が「最も大きな勝利」として挙げたのが、初戦。相手の松田鈴子と吉川ひかるは、両者ともにサウスポー。鏡像のような相手に、自分たちの武器を生かしきれなかったが、その苦戦こそが連携と戦略性を深めたという。

 初のペア結成にして優勝した一週間を、大前は「マジで楽しかった!」と振り返る。同時に、「ハードコートでも組みたい」と、早くも“次”に胸高鳴らせている様子。砂入り人工芝のコートは、足元が滑ることもあり、前衛が思い切って動きにくい。「がまん!」をテーマに掲げていたというだけに、大前にしてみれば、阿部の機動力を別のコートで、存分に生かしてみたいとの思いがあるようだ。

 そのコートはどこの国の、どの町の、どんなサーフェスになるだろうか——? いずれにしても、初結成までに要した日々に比べれば、“次”は早々に訪れそうだ。
(ライター:内田暁/写真:Hamatsu Women's Open 長浜功明)

2024大会マッチレポート⓶:シングルス決勝 〇山口芽生 4-6,5-3 ret.伊藤あおい「自分のやるべきことを、やりきる」——。 それが今大会の序盤から、山口芽生が、口にしてきた言葉だった。 この秋はWTAツアー大会にも立て続けに出場し...
13/11/2024

2024大会マッチレポート⓶:シングルス決勝 〇山口芽生 4-6,5-3 ret.伊藤あおい

「自分のやるべきことを、やりきる」——。
 それが今大会の序盤から、山口芽生が、口にしてきた言葉だった。
 この秋はWTAツアー大会にも立て続けに出場し、「ずっとこのレベルで周れたら、最高だな」との思いを強く抱いた。そのステージに立ったからこそ、明確になった目標と、肌身で知ったツアーの空気。そこに戻るためにも彼女が欲したのは、今大会の優勝で手に入る“35のランキングポイント”と、“ツアーレベルでも通用するテニス“の実践。脇目もふれず決勝へと駆け上がった山口が、頂上決戦で当たった伊藤あおいは、彼女のテーマを完遂するうえでも格好の相手だったろう。

 決勝の舞台に向かう山口が、掲げた策は、シンプルだった。
「(伊藤)あおいちゃんの変則的なプレーに、付き合わない。自分も駆け引きをしたいという思いが出てくるなかでも、強い気持ちでどんどん打っていく」
 スライスやドロップショットを多用する伊藤と相対すると、ともすると自分も、策を弄したくなりがちだ。だがそうなれば、逆に伊藤の術中にはまる。だからこそ山口は、ポイント間もネットの向こうには目を向けず、自分と対話するようにラケットのストリング等を見つめ、集中力を高めていった。

 結果から先に明かすなら、決勝戦は伊藤の途中棄権により、山口が勝利を手にした。第1セット3-2のゲームで伊藤が転倒し、その際に不運にも、頭部がラケットに当たり裂傷。治療後に血は止まり、脳しんとう等の症状もなかったため伊藤はプレーを続けたが、第2セットで山口がブレークし5-3となった場面で、伊藤が棄権を申し出た。
 
 多くの観客も詰めかけた決勝戦が、このような形で終わってしまったのは当然ながら残念であり、伊藤の早期回復が望まれるのは言うまでもない。ただ、この結末により山口の勝利の価値が棄損される訳では、決してない。
 その思いは、試合中に山口が行なった自己分析とプレー修正を知った時、なおのこと強まる。
「最初はミスが多かったんですが、それは、ボールに対してちゃんと走り切ってから、打てていなかったから。戻ることを考えて打っていたので、一段ギアを上げて、自分からポイントを取りにいく姿勢に変えられたことが、良かったなと思います」
 山口のこの言葉が、何を意味するのか? 背景も含め説明するなら、次のようになるだろう。
 伊藤が転倒したことに象徴されるように、砂入り人工芝は足元が滑りやすい。加えて伊藤は、相手の動きの逆をつく名手だ。そのためどうしても、“次の動き”を考えて、ボールを追いつつも走るスピードを緩めたり、反対方向に走る準備をしがちだ。
 ただ、先々へと向かうその心が、今、目の前のボールを全力で打てていない要因だと気付く。だから中盤からは、たとえ打った後の戻りが遅くなろうとも、最後まで走りきり、万全の体勢で打つことを心がけた。その結果、オープンコートにウイナーを決められようとも、仕方ないと割り切る。そのような気持と身体の微調整こそが、山口の勝利の背景にあった。

 今大会で、狙った35ポイントを得たことで、山口のランキングは300位を切ることがほぼ確定。当面の目標とするグランドスラム予選出場圏内……、すなわち100位台も視野に入ってきた。
「年末に出る高崎(ITF W100)と横浜(ITF W50)の2大会、そして来年初旬に出る6大会の計8大会で、グランドスラム予選に出られるランキングには、絶対に上げていきたい。毎週コンスタントに結果を出し、一年中、グランドスラムに出られる位置に付けたいなと思います」
それが今の、山口が見据える地点。
試合中のプラン、大会全体を通した狙い、そしてキャリアでの目的地——。それらいずれの視座からも、「自分のやるべきこと」をやりきったがゆえの、浜松の新チャンピオン誕生だった。

(ライター:内田暁 Photo: Hamamatsu Women's Open 長浜功明)

■2024年大会マッチレポート①:シングルス準決勝 〇伊藤あおい 6-7, 6-2,6-2 荒川晴菜■「あおいちゃんの攻略法は、分かっています」——。 準決勝の対戦を翌日に控え、荒川は密かに、近い人にそう明かしたという。荒川と伊藤は、202...
10/11/2024

■2024年大会マッチレポート①:シングルス準決勝 〇伊藤あおい 6-7, 6-2,6-2 荒川晴菜■

「あおいちゃんの攻略法は、分かっています」——。

 準決勝の対戦を翌日に控え、荒川は密かに、近い人にそう明かしたという。荒川と伊藤は、2022年にこの浜松ウイメンズオープンで初めてダブルスを組み、優勝。昨年は、やはりペアを組み準優勝。コート内外で多くの時間を過ごしたこともあり、性格からプレーのクセに至るまで、荒川は伊藤を熟知していたはず。それだけに、口をついた言葉だったのだろう。

 はたして試合が始まると、荒川は頭の中の策を具現化するかのように、ラケットとボールでコート上に戦略を描いていく。サーブは基本、伊藤のフォア狙い。そしてスライスで返ってきたリターンを、迷わずバックに打ち込んでいく。クロスラリーを避け、先にボールを散らし仕掛けるのは、常に荒川。この日の試合では、伊藤は幾度も足を滑らせコートにうつぶせになったが、それは伊藤曰く、「荒川さんが、逆をつくのが上手すぎる」ため。第1セットは、タイブレークの末に荒川の手に。ただ全体の流れやムードとしては、スコア以上に荒川優勢。事実、第2セットではいきなり荒川がブレークし、2-0とリードした。

 試合後の伊藤は、本音かフェイクか、「あの時点で、もう負けたと思いました」と言う。同時にその諦めにも似た心境が、「打っていこう」と切り変えられる要因にもなった。

「ラリーを続けたら、転んで終わる。自分から打っていかなきゃ」

 そこからの伊藤のプレーは、最近の彼女のプレーハイライトなどを見た人にとっては、意外に映ったかもしれない。代名詞となったフォアのスライスは封印し、強打する場面が増える。特にフォアにきた相手サーブは、ストレートに狙いすまして打ち返し、ウイナーを奪いもした。

 実は伊藤からしても、対戦相手が「サーブではフォアサイドを、ラリーはバックに振ってくる」のは、”伊藤攻略法“の定石であり、想定内。”プランB“発動の準備は、いつでもできていたのだろう。

 特に本人がターニングポイントにあげたのが、「第2セットで、3-2にしたゲーム」。ゲームカウント2-2での相手サービスゲームで、伊藤はストレートへのフォア、そしてバックの超アングルショットでもウイナーを決め、このゲームをブレークする。荒川からしてみれば、浅いボールと深いコースの両方をケアするのは、精神的にも削られる状態。このゲームを機に試合を支配しはじめた伊藤が、最後はサービスエースで試合を決めたのも象徴的だった。

 試合を終えた直後の荒川の、第一声は「頭が疲れた!」。この言葉が、これ以上ないほど端的に、この一戦の醍醐味を表現していただろう。

 実は伊藤は、一週間前に浜松入りした時、今大会のテーマを「フォアで打っていくこと」と明言していた。フォアは大会によって「スライスが良い時と、打った方が良い時がある」。そして「今はフォアを上げたい時期」だと言うのだ。シーズンの流れを見据えたテーマ設定と、試合の中で柔軟かつ精緻に組み立てられる戦略。荒川という“波長の合う”好敵手との熱戦は、プロテニスプレーヤー伊藤あおいの真髄の、見本市のようでもあった。

(ライター/内田暁 写真:長浜功明)

2024年大会注目選手④:山口芽生 「初めて目にした、あの景色の先へ——」「会場での過ごし方に、無駄がない」、「自信を持ってコートに立っていることが、プレーからも分かる」 彼女の姿を見る関係者たちから、そんな声が多く聞かれた。大会第7シード...
08/11/2024

2024年大会注目選手④:山口芽生 「初めて目にした、あの景色の先へ——」

「会場での過ごし方に、無駄がない」、「自信を持ってコートに立っていることが、プレーからも分かる」

 彼女の姿を見る関係者たちから、そんな声が多く聞かれた。大会第7シードの、山口芽生についての評価である。

 実際に山口は、今大会でも一つのセットを落とすことなく、強さを示してベスト4へ。迷いなきプレーには、一本の軸が通っている。

「本当に最近になって、攻めていかなきゃ勝てないってことに気が付いたんです」

 そう山口本人が、“気づき”の時とテニスの変遷を、明瞭に紐解き始めた。

 

 山口のテニスといえば、コートを跳ねるように駆け、小気味よく強打を打ち込んでいくという印象が強かった。

 そのプレーに、最初の変化が訪れたのが、昨年の春。ITF W25の甲府大会に出場した時、「これまでやってきたテニスでは勝てない」との思いに襲われたという。

「それまでは、全部のボールを打たないと勝てないって思ってたんですが、その時は、それがうまくいかなくて。やっぱり打つだけじゃ勝てないと思って、そこからは相手を走らせたり、いろいろ工夫しながらやってた時期が、結構長くあったんです」

 自分のプレーに集中しがちだった彼女が、相手を研究し、対人ゲームとしての戦略性や心理戦の妙を体得したのが、この時期だったのだろう。その成果は、650位前後だったランキングが、一年半後には400位を切るまでに上がった数字にも現れる。

 そうして今年8月には、WTAツアーの東レパンパシフィックオープン(東レPPO)予選ワイルドカード選手権を兼ねた、毎日テニストーナメントで優勝。ちなみに決勝で山口が破った相手は、先のジャパンオープンベスト4入りを果たした、伊藤あおいである。

 実は山口はその後、さらにランキングを上げ、自力で東レPPOの予選入りが可能な地位までに至っていた。ただ今になって振り返った時、ここで東レPPO予選出場を確定させたことは、彼女のキャリアにとって大きなターニングポイントとなる。

 予選とはいえ、WTAツアーの中でも高いカテゴリー大会に出られることに、さぞワクワクしていただろう——そう思い本人に尋ねてみると……。

「YouTubeでWTAの試合を見まくったりしましたが、自分のテニスが通用するのか、それとも、力不足を思い知らされるのかと考えて。3ヶ月間くらい『どうにかしよう、しないとダメだ』と思って練習していたので……わくわくっていう感じではなかったんです」

 苦味交じりの笑みを浮かべ、山口が振り返る。期待より、不安がやや上回る日々。それでも東レPPOの出場が決まっていることで、普段ならオーストラリアのITF大会に向かっていたところを、日本に留まり、ジャパンオープンが開催される大阪へと向かった。ランキング的に、予選に出ることが難しいだろうことは、分かっている。それでも会場に居れば試合も見られるし、ツアーレベルの選手と練習もできるからだ。

 そして、大阪に着き最初に行なった練習で、彼女は、衝撃を受ける。

「タイのマナチャヤ・サワンケーオという選手と練習させてもらったんです。彼女とは去年対戦していて、その時は負けはしましたが、普通にラリーできていたんです。

でも久しぶりに打ち合ったら、まったく、スピードについていけなかった。彼女も最近WTAツアーに出て、(世界1位の)サバレンカとも試合していたんです。だから強くなってるんだろうなと思ったんですけど、予想以上でした。打つテンポから球のスピードまで、本当にすべてが格段にレベルアップしていた。ポイント練習になったら、先に展開されて決められちゃう。『あぁ、これじゃあWTAでは戦えないんだな』って、そこですごい衝撃を受けたんです」

 サワンケーオは、現在世界134位の22歳。以前は互角だったその相手の急成長に、山口は「大きな気付き」を得たという。

 その気付きはあるいは、状況が異なっていたなら別の形でアウトプットされたかもしれない。ただこの時の山口には、一週間後には確実にWTAツアーのコートに立つという、逃げ場のない切迫感があった。

 “攻めなくては、やられてしまう!”——背水の陣にも似た覚悟を胸に、その後の練習で山口は、腕を振るい、ボールを強打して、攻めに攻めてみた。すると自分のプレーに、彼女は軽い衝撃を覚えたという。

「意外と、上手くなってるじゃん⁉」

 それは、”攻めるのが楽しい“というテニスに恋した原初体験と、この1年半ほどの「相手を研究し工夫していた」テニスが、高次で融合した瞬間。心技体がカチリと噛み合う音を、この時、彼女は聞いたのだろう。
 
 何かが変わった予感を確信に変える機会は、幸いにもすぐ訪れる。東レPPOの予選では、自身よりランキング上位の加治遥と清水映里に連勝して、本戦へ。そうして本戦初戦では、2019年全米オープン優勝者のビアンカ・アンドレスクと対戦。5-7,3-6の敗戦から「打ち合うことはできる」との自信と、「全体の試合を見る力は、ビアンカの方が全然上」との気付きを持ち帰った。

 さらにはその翌週でも、山口は香港開催のツアー大会で予選を突破し、本戦初戦では2020年全豪オープン優勝者のソフィア・ケニンと対戦。僅か一週間で、二人のグランドスラム優勝者と対峙した山口は、「最高の経験でした!」と、目をキラキラと輝かせた。

「ずっとツアーを周れたら、もう最高だなって思って。今回気が付いたのは、負けるのが嫌なんじゃなくて、明日の試合がなくなることが嫌なんだなって。この、全てを懸けてやっている緊張感の中で、ずっとテニスしていたいなって思いました。もう、それしかないです」

 そう語る口調と表情からも、ほとばしる喜びと充実感。

「上手くいかないこともあったけれど、テニスやってきて、本当に良かったなって思います」

 戦うたびにキャリア最高位を更新中の25歳は、顔中に笑みを広げた。

 WTAツアー本戦の舞台に立つことで、初めて目にした輝かしい景色と、明確となった目的地。

 その地に再び立つために、彼女は浜松に来た。

「やっぱり欲しいのは、優勝の35ポイント。ただ舞台がどこでも、自分のやることは変えちゃいけないと思っているし、そこだけは、ブレないようにしたいですね」

目指すは目先の勝利以上に、手のひらに感触を残した「WTAツアーで通用するプレー」を貫くこと。

「その結果として、優勝して35点が取れたら、最高かな」

そう言い彼女は、静かに笑った。

(ライター/内田暁)
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