3.11の震災以来 多くの不幸と悲しみが私達を襲いました。
被災地の方々はもちろんのこと、この国で暮らす人々の心は痛み、
未だに不安を抱かざるを得ない日々を送っています。
そんな折り、長谷寺で「東日本大震災犠牲者百ヶ日慰霊法要」が開催され、
震災で亡くなられた多くの御霊にせめてものご供養として
祈りを捧げることができました。
また、その「祈り」の行為は私達自身の痛みや苦悩をも慰め、
この国の人々が、今再び「生き直す」ことのプロローグとも感じました。
9月23日(金)/24日(土)をメインイベントとして開催するここ長谷寺での「祭り」においては、 秋分の日という節目に、日の出から日の入りまでの日がな一日を 観音様の慈悲の下(宇宙的視野での長谷寺という空間)にて、 我々自身の「祈り」と「いのち」を共鳴させ、 自然・宇宙との一体感を得て、 我々の祖先
が行ってきた「共に生きる」という 極めて素朴な営みを今一度思い返し、それぞれが今再び、 本当にあるべき姿を考える機会となればと思うところです。
様々な違った立場にあることで起こる考え方の相違や対立は
この「祭り」においては、新たな創造へのエネルギーになるでしょう。
長谷寺秋分祭の空間を大いなる宇宙の一点として体感し、
多くの御霊への供養と未来に向けた祈りを共に体現することが
参加者それぞれの未来への夢や希望の種子となり得ればと思うところです。
企画・運営 長谷寺秋分祭実行委員会
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シラスケとハセ -生まれ清まった男と長谷という場所-
お能の翁面を思わせる白助像
長谷寺住職 岡澤慶澄
長谷寺を開基した人物として伝えられる男、シラスケ。 その不思議な響きのこだまする名前には、古代人の祈りが秘められている。 日本の宗教民俗学上の最大の謎であり、また日本人の魂の記憶をたどるキーワードとなる言葉。それが「生まれ清まり」を意味する「シラ」である。 シラハマ、シラカワ、シライワ、シラネ、シライト…。 全国各地に無数に残るシラの名は、古代人の信仰の痕跡といってよいであろう。
北陸の霊峰ハクサン(白山)は中世までシラヤマと呼ばれた天下の霊山である。それらの地は、多く死と再生の「白」をイメージカラーとする聖地であり、魂の浄化を願った古代人の、祈りの秘密を伝える特別な場所である。そのような死と再生の聖なる言葉を名前とするシラスケとは、いったい何者であったのだろうか。
シラが、民俗学が解き明かす「生まれ清まり」を意味する言葉であるなら、この男は「生まれ清まった男」であったに違いない。そしてそのような呼び名の男によって開基されたのが、長谷寺という寺であるからには、この寺もまた「生まれ清まり」をテーマとする寺なのである。 このことは、寺の名である「ハセ」という言葉もまた、シラと同じく死と再生を深くイメージする古い言葉であると知るとき、より強い確信となる。
この場所には、人間にとって、というよりも、いのちや魂にとって、今も昔も変わらぬ重要なことが秘められているのではないか。 おそらく、寺が建てられる遥か昔から、 きっと、仏教が日本に伝えられるずっと昔から、このハセという場において、生まれ清まりが祈り続けられていたのだ。 そして、年に二度、春と秋のある時期に、現代人が、春分とか、秋分とか、彼岸と呼ぶその時期に、私たちは、この場所が、生まれ清まりの聖地となった理由の一つを知ることができる。
でも、大事なのは知ることではなく、感じることだから、百聞は一見にしかず。
大きな、大きな流れと、深い、深い調和。
然るべき場と然るべき時、それが垣間見える。
その日その時刻に長谷の山に集まり、それを一緒に見届けよう。それを一緒に感じよう。
私の、あなたの、誰かの、そしてこの世 の、生まれ清まりを、 一緒に祈りましょう。
合掌